サピン共和国 のバックアップ(No.6)
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概要など
紹介 | |
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国名 | サピン共和国 |
王 | mono |
大統領 | Nicanor |
統括軍部指令長官 | Hamilton |
国土面積 | 11,900万坪 |
人口 | 約2,100,000人) |
農業規模 | 約 868,000人 |
工場規模 | 約1,000,000人 |
採掘場規模 | 約 570,000人 |
総獲得経験値 | 3,080(Lv.8) |
所属同盟 | 第4海域防共同盟盟主 |
風土
政治 | 議会での審議や決議において政策を決定する議会制民主主義である。また、議会では主に国民民主党(Nicanorであるが現在静養中につきmaria)と社会労働党(Erich)の2大政党によって議会がおこなわれている。そして国王は政治への言及の権限はない。 |
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軍事 | 以前は強大な軍事力が存在していたが、春休みの戦いにおいて軍の衰退が起き、現在は20隻前後となっている。 |
生活 |
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歴史
無政府時代
当時、政府などの行政機関もない時代にmonoがmonoと言う島を作る。
monoは領土を増やし、農業に重きを置いて活動していた。
海軍などは皆無な状態で人々は国の貧しさと海軍の貧弱さを懸念していた。
サピン王国の誕生と転落
その後、monoは島に国を作る。その国こそが現在のサピン共和国の草分けなのである。
王の位にmonoが就任すると、国の発展を促すため採掘などに力を入れて資金源を確保しようとしていました。
また、海軍力も当時の第4海域で大国を除けば上位に入るほどに成長しました。
そのため、国力は安定し国民の70%が王族への信頼を寄せていました。
しかし、数年後に大臣などの王の側近の汚職が相次いで発覚・・・また、多大なる税金の引き上げなどが国民の主に下層階級の農民や陸軍などが議会及び官邸を占拠しクーデターを成功する。
王国から共和国へ
クーデターの成功により、軍部が主導権を握ろうとするが国民の激しい反発により軍は内政を行なえなくなってしまう。
そこで、上流階級の貴族が政治を行なうために議会を行なうように働きかけ議会が設置されると同時に2大政党が誕生する。
2大政党は社会労働党と国民民主党であり。それぞれ特徴がある。
社会労働党(党首Erich)は軍事力増強により平和を主張しているため国内では好戦的ではあるが環境問題などの諸問題を大きく改善する。~との公約しているため、環境事業に関わる中流階級の信頼が厚い。
国民民主党(党首Nicanor)は外交力に非常に長けていて他国との貿易にとても強くカリスマ性のある政党である。しかし、軍事破棄などを公言しているため、軍部の反発が激しいのも事実
国民民主党よ、栄光あれ!
第1回の国民議会選挙において国民の80%が国民民主党を支持し、党首のNicanorは財閥からの援助を後ろ盾に内政の改革を推進する。
インフラの整備や国内の自給率などに多大に貢献する。そのため、都市部で支持が多かったNicanorが地方でも支持を集めていった。
また、持ち前の外交力であーあ(国)との交流を活発化し諸外国とも軋轢が減って行った。
それを好機と確信したNicanorは「第4海域の治安を安定するべく我々の繁栄と永久な平和の為に」との一言であーあ(国)を始めとする諸外国4カ国と軍事同盟を結成し現在の第4海域防共同盟を設立する。
同盟結成の翌年の第4回国民選挙で国民の支持率は90%を超え、社会労働党の議席枠が極端に減少し野党との連立で10%と厳しい立場に追い込まれてしまった。
当時、誰もがこのまま平和な日常を送れることを望んで居た。しかし、第7回国民選挙である事件が出来てしまう。
揺れ動く国民民主党
第7回国民選挙の演説の為、党首直々にRe-no(リノー)地方のGrace meria(グレースメリア)での演説中にNicanorは凶弾に倒れてしまう。
意識の回復は絶望的と医師の宣告に国民は騒然とした。
当時のマスコミの見解はテロリストの犯行か?と報道されていたため国民もテロリストの犯行だと確信してしまう結果になる。
しかし、現在の信頼できる筋の情報によれば社会労働党の関与が疑われている。
そのため政府は更なるテロへの警戒を強め厳戒令を引きます。これが国民民主党の過ちの始まりでした。
過ちへの償い
党首Nicanorが不在のまま国を運営いたが、以前のようにカリスマを失った国民民主党には昔のような行動力が無かった。
そして、副大統領のmariaが一時的に職務を引き継ぐも彼女にNicanorのような判断力を備えていないのである。
国民はこのような国民民主党を目の当たりにし、不安が増大する。
この事を好機と考えた社会労働党のErichは国民へ新たなプロパガンダを大々的の放送し続けた。
やはり、自国の経営に不安を思った国民はErichのプロパガンダを見て新たな希望の光だと考え始め、第七回国民選挙で社会労働党が過半数以上の六割を取得し政権を握る。
春休みの戦い
就任後Erichはすぐさま軍備拡張し同盟と我が共和国の友好国との間で緊密な打ち合わせが行なわれた。
そして、「第4海域の海域安定の為に!!」との大義名分の名の下にフロンティア館へ宣戦布告をする。
しかし、国民民主党政権時代の友好国が相手の盟主とあるため戦争を回避しようと外交ルートで探っていたという。しかし、苦労も甲斐なく戦争への道を進んでしまった。
これが、春休みの戦いである。
この戦闘で軍は完全に消耗してしまったのである。海軍の7割が沈没と言う大敗をしてしまったのだ・・・
事実上、全体の春休みの戦いでは勝利したもののサピンのみの結果で見れば負けである。
焦土の一部が瓦礫と化し人々は苦しい生活を強いられていた国民はこの戦争を「不名誉な戦いだが、我が子や友人が不名誉な戦いで戦死したとは思いたくない。だから、我々は正義を貫いたのだと信じている。」と口を揃えていうのであった。
軍部の威信
春休みの戦いで軍部の弱さが露呈する形になり、国民は軍に対して懸念をし始める。
軍は国民から激しくバッシングされるようになってしまう。ある将校がこのように話す。「飲み屋に行っても酒は出してくれるが、周りの客の殺気が気になってしかたない。客が悪酔いして絡んで来た時は最悪だったよ。それほど国民に嫌われているんだ」と語っている。
それほどまでに軍の信頼はガタ落ちなのである。そのため、軍部は政府(社会労働党)に掛け合い、軍事演習を申し出る。そしてFederation Of Southern Crossとの軍事演習で自国の軍の強さを再度国民に見せつけようと計画する。
しかし、開戦の数日前から怪獣が異常発生し軍部は戦争の用意を出来ずに開戦へと流れていく。
そして現在に至る。