ノート:アレア・サイファー

Z.Z.roomのインタビューに答えました(第17回)


4836 World End

ありがとう、そしてさようなら。一緒にプレイを共有した方々に多大なる感謝の言葉を述べて僕は去る。

短篇「艦橋の少女」

 男は軍艦の艦橋から穏やかな海を眺めていた。
 おもむろに制服のポケットから煙草を取り出し、古めかしいオイルライターで火を付ける。そのオイルライターはかつての戦争で勝利の記念に大量生産されたものだ。もとは鏡のような銀色だったであろうそのライターは傷つきくすんでいる。そっちのほうが年季が入っていて良いと言う収集家もいるが、男も同様だった。このライターが男の手に渡った時は既にこの色をしていた。生産されたのはもう30年も前のことである。この会社が国家と言う枠組みに宣戦を布告し、勝利してから既に30年が経ったということだ。
 煙草の先が橙色の火で明るくなる。男はそのメンソールの煙草を口から離し、大きく息を吐いた。吐いた煙の先にはぼんやりと陸地が見える。陸地は見渡す限りの高層ビルだった。全てが地上から400メートル以上の高さを誇っている、真っ白なビルである。窓は無く、その代わりに太陽光を浴びて輝いているのは発電用の黒いソーラー・パネルだった。その黒が真っ白なビルにアクセントとして点在している。あのビルに人は住んでいない。全ては陸の地下にある都市が都市として機能するための大規模無人施設であることを男は知っている。いや、常識と言ってもいい。この会社に所属し、あの陸地を故郷とする人間なら知らないことなど有り得ない。こうして軍隊に所属して軍艦か戦闘機にでも乗らない限り、あの都市に住んでいる限りは太陽の下に身を晒すことなど皆無なのだ。
 故郷と呼ぶには郷愁の欠片も無い、全てが“効率性”の一言で片付くような土地だが、それでも愛着はある。いつからか“アレア”とその島を人々は呼ぶようになっていた。もとは“コルニクス”という名の島だった。住民にとって、また男にとってもそちらの方が聞きなれた名前で、未だにアレアという名を使うことに違和感を覚える連中も多い。男も任務上ではアレアと呼ぶが、クルー達との雑談の時は決まってコルニクスという名をあえて使っていた。
 艦は今、アレアの軍港に向かっている。平時は洋上の海賊狩りを行うことが主任務とあって艦がアレアに寄港することは稀である。技術革新のお陰で艦自体は非常に長い航続能力持つためこうして重要な任務を与えられない限りは定期寄港以外で戻ることはまずない。この寄港はある任務によるものだった。
「艦長、接岸準備にかかります」
 男に対して若い副官が言った。
 男も副官も大して年齢は変わらない。副官が三十代前半なのに対し、男が三十代後半という程度だった。男はこの艦を任された艦長の職に就いている。今でも十分若いが初めて艦長に就任した頃は異例の出世ということで周囲から嫉妬と憧憬の目で見られてきた。上層部はそんな自分に期待してまた重圧を掛けたいのだろう、と男は推測する。
 やがて港に到着すると男の艦は直ぐに整備ドック行きを言い渡された。男の任されているこの“霞級”は三種類の兵装を使い分けることによって汎用性を高めた艦である。今回も別の任務を言い渡されるのと同時に、まるでドライブ・スルーのように自分の艦を弄繰り回されるのかと思ったがそうではないようだった。確かにドライブ・スルーには行くようだったが、ついでに自分の艦に二人の人間を置くことを命令された。しかも通達書を渡してきたのは伝令係ではなく命令を指揮する司令官本人だった。
 来賓、と言う言葉がしっくりくる人間は式典ぐらいでしかお目にかかれないと男は思っていたが、目の前の二人はまさにそれだった。二人のうち一人は白衣を着た眼鏡の、ボールペンのような痩せ細った男――系列会社のエレクトロニクス関係に所属していると自己紹介された――もう一人はこれから舞踏会にでも行くのかというお姫様のような高貴な身なりをした、幼い少女だった。
「彼女に君の艦を委ねてほしい」
 白衣の男は、挨拶もそれなりにそう言いだした。
 少女はくりくりとした大きな瞳で男を見上げていた。男にも丁度同じくらいの背丈、年齢の娘が居た。娘はまだ人形遊びに夢中になっていて自分か妻が横に居なければ安心して眠ることのできない小さな甘えん坊だ。その娘と変わらないこの少女に自分の艦を委ねることなど、男が二言返事で返せるような話ではなかった。司令官から渡された通達書にも同様の事が書いてはあったが、それに対してはいそうですかと命令を承諾するのはいささか早計過ぎないだろうかと思う。せめて理由ぐらいは欲しいものだ。
「名前は?」
 男は少女に、娘に話しかけるように尋ねた。
「アン」
 少女は小さく答える。
「艦長、彼女をただの子供だと思ってもらっては困る」
 白衣の男は告げる。
「彼女は人間ではない。人類が持ちうる技術の粋を結集して作った究極のコンピュータだ」
 説明する男の口調は、どこか楽しげだった。
 普通の少女が艦をどうにかすることなどできるはずがない。彼女が特別な存在であることぐらいは男にも察しがついた。だが目の前で自分を見るこの少女がコンピュータだと?
 アン。この少女は白衣の男が説明する通りの戦闘用コンピュータだった。たった一人で一隻の戦闘艦を操艦するだけではなく艦隊そのものを制御することのできる次世代AI。いずれは彼女たちが戦場における指揮系統の役割を担い、彼女たちのみによって戦争が展開される。戦争によって命を落とす兵士を減らすための一案だった。命は助かるが、職にはあぶれるだろう。と男は思った。
男は従うしかなかった。ここで盾突く意味はない。納得はできなかったがするしかないのだ。自分はまだ艦長職を降ろされるわけではないだろうが、これ以降艦長としての業務は全てこのアンという少女に任されることになる。
 対空から対艦装備となった艦が換装を終える間に艦のクルーの半数が異動命令を言い渡された。長年自分に付き添ってきてくれた副官も艦を下りた。戦争に従事する人間がこれから減っていくということが目に見えた瞬間だった。男は彼らを見送ってから、再び艦橋に戻り煙草をふかした。手には命令の通達書が握られている。
 ――電子魔女計画。
 それが、これから男が従事する作戦の名前だった。
 その日から男とAIの少女アンとの親子にも似た関係が始まった。
 男の名はレイノルズ。階級は少佐。
 艦の名はジョン・プレイヤー・スペシャル。霞級駆逐艦の水雷型である。







続きません。
昔ここに載せてたものです。久々に来たついでに載せてみました。2012/07/24