生存戦略同盟

生存戦略同盟とはv02/B海域およびA海域にBT3917~AT4712まで存在していた同盟である。
SGによって結成され、同盟マーク・カラーはΘ


歴史


設立


BT3916、SG帝国政府はB海域における軍事力拡大と海域掌握を目標とした『M計画』の遂行には他国の軍事協力が必要不可欠であると判断した。
SG帝国海軍は軍事協力連合である「SG共闘圏」を設定し、その後三国間同盟条約によってBT3917に『生存戦略同盟』が成立した。

三国連合・四国連合


屋久島・硫黄島・SGの三国によって交わされた同盟条約では軍事協力が約束され、当時の海域の平和を脅かす内容であったとされている。
また、当時は4つほどの同盟が存在していたが、その中で唯一軍事同盟であることを明記していた。

そののちイージス島の参加によって四国連合となった。この際にも条約内容は変更されていない。

マロン危機


BT3952、マロンがSGに宣戦布告を行うが、SGの内政的事情と軍事協力条約によって四国連合でマロンに反撃することとなった。
しかし、マロンが勢力的に拮抗していた同盟『∽Tief Blau』に参加したことによって、一時同盟戦争勃発の気配を漂わせたが、四国連合は平和的解決を図り、事態は収束した。

この事件をきっかけとして四国連合は海域内での同盟対立を引き起こすこととなった。

同色同盟の乱


SGが渇翔島との戦争(不在の乱)中、『∽Tief Blau』の勢力が戦争に介入してきたことを発端として、『Θ生存戦略同盟』は『∽Tief Blau』と渇翔島に於いて刃を交えることとなった。
この戦争では両者直接本土への攻撃が為される事は無かったものの、渇翔島での戦闘において、両者が損失を被った。
詳しくは同色同盟の乱に記載。

ラウンドハンマー作戦


SGが第2次ペテン戦争でヘデクパウダーに対して侵攻を図っていたBT4040頃、突如当時首位同盟であった『£青天の霹靂』の盟主ノースポイントがヘデクパウダーに軍事支援を行い(ラウンドハンマー作戦)、SGと交戦することとなった。
これ以降も『£青天の霹靂』は『Θ生存戦略同盟』へ対立姿勢を見せることとなる。
さらにその後、同同盟員「ハチャメチャが押し寄せて来る」とヘデクパウダー上空で一時交戦状態となった。

ゼブガド戦争


SGは同色同盟の乱で巨大戦艦2隻を喪失した『∽Tief Blau』所属の第七艦隊駐屯地に対して侵攻し、結果第七艦隊駐屯地の国力を落とすことに成功した。
しかし、この戦争中には首位同盟『£青天の霹靂』の「ハチャメチャが押し寄せて来る」と首位争いを展開している。

王冠聖戦


首位争いで一時的に勝利を収めたSGであったが、その後は軍事力増強に時間を割くこととなり、四国同盟も他同盟の台頭によって順位を後退させていた。
その中で再びの首位奪還・そして同盟の再活性化を図るべく、SGは"王冠"(ターン杯)を巡って「ハチャメチャが押し寄せて来る」に決闘を挑もうと考えた。
しかしながら、SGは軍縮政策を進め、巨大戦艦の建造を延期していた一方で、「ハチャメチャが押し寄せて来る」は巨大戦艦2隻を保有していた。
現時点での勝利を確信できなかったSG帝国海軍首脳は、今後の脅威となりえそうな島を潰しておこうと考え、軍艦島に戦線を布告したのであった。

けれども、かねてより『£青天の霹靂』・『∽Tief Blau』とは対立を深めていた上、この布告の直前には周囲同盟『Й疾風』の一員にも布告を行っていたため、海域内はほとんどが敵対勢力となっていた。
そこに目を付けた軍艦島は海域一致での『Θ生存戦略同盟』潰しを計画し7vs22という圧倒的戦力差を持って開戦を迎えた。

しかし事態は思うようには進まなかった。
『Θ生存戦略同盟』の"ブレイン"らは諜報・立案・実行の面で大きく包囲網側を圧倒していた。
包囲網側の指揮はほとんどを軍艦島が行っていたのに対して、同盟側は各自が積極的に戦火を拡大した。
そして結果、同盟側は包囲網側7島の本土を攻め、3島を行動不能にさせた。

王冠聖戦と名付けられたこの戦争は、劣勢を跳ね返した大戦として、B海域では珍しい例となった。

衰退


王冠聖戦で見事勝利を飾ったものの、その後はSGの国力低下や屋久島・硫黄島の脱退などで勢力を落とし、大日本帝国海軍連合艦隊の参加でも巻き返しを図れずに、A海域では最下位あたりを低迷。
盟主SGも軍事同盟盟主としては情けない姿を晒し、サジタリー戦役での敗戦がほぼ決定した際にSGは一方的な三国間(イージス島・大日本帝国海軍連合艦隊・SG)同盟条約を破棄し、AT4712に同盟は消滅した。

その後


三国間同盟条約消滅後、盟主SGは3回の戦争を経て、最終的にT5453に放棄された。

評価


初期の四国連合は軍事同盟として存在感を発揮したが、中後期は軍事同盟としての姿を潜めた。
一時的にせよ、軍事同盟としての成功をおさめた事は評価しうる点であったが、総合的な観点では短命で小規模な同盟に終わった。